告知とその後(3/3)
(ここから入られる方は(1/3)から読んでくださいね)
今日は退院後のおはなし。
私の場合、外科手術後に抗がん剤やその他の治療は必要なかった。3月初めに退院して、飲み薬は「ガスモチン」だけだ。これは胃腸の働きをよくするという軽いもの。とはいってもなにもないはずもなく、体調がそれほど気にならなくなったのは、やはり半年以上はかかった。
状況によると思うが、ガンになったことを隠したがる人は多い。私の周囲で私に対する見方、接し方は明らかに変わった。その辺を書いておこう。世間の人はガンとその患者に対してあまりに無知だということ。普段からみんなそんなことを考えたくもないから仕方ない。ガンになると「治療結果にかかわらず、やがてこの人は亡くなるのだな」と見られること。おっとそんなものではありませんよ。もうじき術後5年目に入るので安心するにはまだちょっと早いが、現在の私は「以前にガンを発症したことがある」というだけのこと。新たに私にガンが発症してもそれはそれで世の中のガン発生確率に従っただけのこと。これまでの仕事は定年で打ち切って、別の会社に軟着陸。(天下りとかじゃありませんよっ) 時間的に楽になった上に、観点が変わったことでこれまで気付かなかった事を新たに知る喜び、好奇心未だ衰えません。そんな環境変化は私にとって体力的、精神的に好都合だった。
私の命は治療に携わっていただいた先生がたをはじめ多くの医療関係者に救われた。どんなに感謝しても し足りない。私のみぞおちから臍にかけた縫合部はまだケロイド状に盛り上がっている。外科のT先生はキズあとが残って申しわけないといわれるが、これはみんなに親切にして頂いたモニュメントだ。むしろ時間がたって消えなくてもいい。私は私の治療に於いて何をどうしようとされているのかを理解しようとし、病気の中身を知ろうと情報はできるだけ収集したが、多くの方にずい分お手をとらせて申しわけなかった。実際に私は何も戦っていない。ガンと戦う患者ではない。ガンから助けて頂いただけだ。1月23日に術後4年経過の検査がある。再発なんかしてたまるか!
健康診断などで異常が見つかっても、なにかあったら嫌だから といって放置する人がいる。健康診断すら受けない人がいる。何かあってもそれはそれでもういいんだ、受け入れるとその人はいう。それでは周囲の人たちはどうなる?献身的に医療に従事して頂いている方々にも対しあまりに失礼ではないか?そう思う。
これまで書いた3回シリーズは、すべて私のガンが比較的軽度であったことに立っている。最初に書いたように「これはラッキーな一例」ととってほしい。告知とは告げることと知らしむこと。他の病院で告知を受けたならどのような心の軌跡になったのかは分らないが、私は私が選んだ病院の医師はじめスタッフの方々が、私の知りたいことをほんとに丁寧に親切に説明してくださったことと、それにもまして完璧な治療を遂行していただいたことに感謝する。

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